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神戸地方裁判所 昭和63年(ワ)2136号 判決

原告

堀越祥二

右訴訟代理人弁護士

阿部清治

工藤涼二

被告

浅野翔一

右訴訟代理人弁護士

野澤涓

主文

一  原告の主位的請求を棄却する。

二  被告は、原告に対し、金四五万円及びこれに対する平成二年七月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを七分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

五  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一〇月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

(主位的請求)

一  請求原因

1 原告は、被告から昭和六三年一〇月一九日、次の工事の設計業務及び工事監理業務を、代金九〇〇万円で請け負った(以下「本件請負契約」という)。

建築地 神戸市東灘区住吉町四丁目三四先

工事名 浅野ビル新築工事

2 原告は、被告との間で、右契約に際し、請負代金の支払時期について、「契約締結時に金三〇〇万円を、実施設計完了までに金三〇〇万円を、完了(検査)時に金三〇〇万円を支払う。」旨の合意をした。(本件請負契約第五条)。

3 よって、原告は、被告に対し、本件請負契約に基づく請負代金九〇〇万円中契約締結時を支払時期とする金三〇〇万円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和六三年一〇月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1及び2の各事実は認める。

三  抗弁(契約の解除)

1(解除原因その1)

原告と被告は、本件請負契約においては、「委託者は、受託者がその業務を完了する前においては、その業務の遂行を中止しまたは契約を解除することができる。この場合、委託者は受託者に対し、その遂行した業務に対する報酬を支払わなければならない。」旨の合意をした(本件請負契約第一一条)。

2(解除原因その2)

(一) 本件請負契約に基づく原告の設計業務は、医療事業者をテナントとする医療ビルの設計を内容とするものであり、契約締結の際、被告は、原告に対し、ビルの外観は、住居用マンション風ではなく、一見して医療ビルとわかる設計をするように注文し、設計業務期間は、昭和六三年一〇月二〇日から同年一一月末日までの四二日間と定められた。

(二)(1) 被告は、被告の希望案として参考図面まで原告に交付していたにもかかわらず、被告が、原告より受け取った図面は、いずれも住居用マンション風の外観となっていた。

(2) しかも、昭和六三年一〇月二八日、原告は被告に対し、被告の注文に沿った設計をするならば、設計完成まで一年を要すると述べ、所定期限内の完成は不可能であることを明らかにした。

(3) 右(1)及び(2)の原告の債務不履行は、原告、被告間の信頼関係を完全に破壊したので、催告は不要である。

3(解除の意思表示)

被告は、原告に対し、昭和六三年一〇月三一日頃本件請負契約を解除する旨の意思表示した。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1及び3の各事実は認める。但し、請負人である建築士は、請負契約の成立により、設計のプログラムを組み、場合によっては他の依頼を断ることもあるが、これらの準備にかかったにもかかわらず具体的に図面を描かないうちに注文者より一方的に解除された場合、建築士が全く報酬を得られなくなるという不当な結果を防ぐために契約締結時に報酬の一部を支払う旨の定めをするのであるから、契約締結時に金三〇〇万円を支払う旨の前記合意(第五条)は、本件請負契約が同契約第一一条により解除された場合でも拘束力をもつものと解すべきである。

2 抗弁2(一)の事実は認める。

抗弁の2(二)の(1)ないし(3)の各事実は否認する。なお、仮に、原告の設計に被告が不満を有していたとしても、設計図完成期限内に訂正し、設計図を完成することは十分可能であったから、契約を解除するには催告が必要であり、催告なしの解除は無効である。

(予備的請求)

一  請求原因

1 主位的請求の請求原因一1と同じ

2 主位的請求の抗弁1及び3と同じ

3 被告が本件請負契約を解除するまでに、原告は、五回にわたりプラン図面を合計二六枚作成し、その作業のため原告、被告間の打ち合わせが七回なされており、かかる原告の遂行した業務に対する報酬は、図面一枚あたり金五万円として合計金一三〇万円、技術料として金一七〇万円、合計金三〇〇万円となる。

4 よって、原告は、主位的請求が認められないときは、予備的に、被告に対し、本件請負契約に基づき、既に遂行した業務に対する報酬として金三〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一〇月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1及び2の各事実は認める。

2 請求原因3のうち、本件請負契約が解除されるまでに、原告がプラン図面を五回にわたって合計二六枚作成したこと、原告、被告間の打ち合わせが七回なされたことは認めるが、その余の事実は否認する。

すなわち、設計図作成まで至らない段階で、第一一条に基づき解除された場合、設計者がプラン図作成に要した費用は、外注の場合を除いて原則として報酬請求の対象とはならないというべきであり、また仮になるとしても、それは作成されたプラン図が役に立った場合であるが、原告作成のプラン図は全く役に立っていない。さらに、仮に、原告のプラン図作成業務が報酬請求の対象となるとしても、図面作成一回につき金二万円、打ち合わせ一回につき日当金五〇〇〇円が相当であるから、原告が契約解除までに既に遂行した業務に対する報酬として請求し得るのは金一三万五〇〇〇円までである。

三  抗弁

主位的請求における抗弁2及び3と同じ

四  抗弁に対する認否

主位的請求における抗弁2及び3に対する認否と同じ

第三  証拠〈省略〉

理由

(主位的請求について)

一請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。

二抗弁1及び3の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

然るに、原告は、請負人である建築士は、請負契約の成立により設計のプログラムを組み、場合によっては他の依頼を断ることもあるが、これらの準備にかかったにもかかわらず具体的に図面を描かないうちに注文者より一方的に解除された場合、建築士が全く報酬を得られなくなるという不当な結果を防ぐために契約締結時に報酬の一部を支払う旨の定めをするのであるから、本件請負契約第五条の契約締結時に金三〇〇万円を支払う旨の規定は、本件請負契約が同契約第一一条により解除された場合でも拘束力をもつ旨主張するので、この点につき判断する。

そもそも、請負は、「仕事ノ完成」すなわち労務ないし労働によってなされる結果を目的とし、仕事の完成に対して報酬が支払われるものである。請負のかかる性質より、報酬特約がないときは後払いとされるが(民法六三三条)、特約で前払いあるいは仕事の進行に応じて分割払いとすることも認められる。但し、請負においては請負人の仕事を完成する債務と注文者の報酬支払義務とが対価関係に立ち、請負人は完成された仕事の結果に対してのみ報酬を受けるものであるという請負の基本的性質は、報酬の前払いあるいは分割払いの特約によって影響を受けるものではなく、仕事の完成が不能となるときは、原則として、右特約により既に受け取った報酬は不当利得として返還しなければならず、また右特約によりそれまでに支払われるべき報酬が支払われていなくとも、請負人はこれを請求できるものではない。

そして、以上のことは、請負契約が、民法六四一条に基づき、注文者の任意で契約が解除された場合にも基本的には変らない。すなわち、民法六四一条は、請負人に損失を被らせないことを条件に、注文者に対し請負人が仕事を完成する前である限り、何時でもその理由の如何を問わず請負契約を解除することを認めているが、かかる解除がなされた場合、報酬の前払いあるいは分割払いの特約により注文者が請負人に既に交付している報酬は、注文者が請負人に負担する損害賠償債務の弁済に充当されるものであり、充当されるべき債権がないときは、請負人はこれを注文者に不当利得として返還しなければならず、右特約により支払われるべき報酬が支払われていない場合にも、請負人はこれを請求できるものではなく、損害賠償請求をなしうるのみである。

ところで、本件請負契約第一一条は、「甲(委託者)は、乙(受託者)がその業務を完了する以前においては、その業務の遂行を中止しまたは契約を解除することができる。この場合、甲は乙に対し、その遂行した業務に対する報酬を支払わなければならない。」と規定する〈証拠略〉ものであるが、同条は、民法六四一条の規定を基本的に変更するものではなく、むしろ、注文者側の一方的事情による中途解除の必要性を認める反面、これにより請負人が損害を被らないようにとの同旨の配慮から、請負人が既に遂行した業務に対する報酬は支払わねばならない旨を規定したものであって、その遂行した業務に関係なく(極論すれば、それが零である場合にも)、報酬の分割払いの特約によって契約締結時に支払うべきものとされた金三〇〇万円を請負人が請求できるとしたものとは、到底解されない。

よって、原告の右主張は理由がなく、採用できない。

三そうすると、抗弁2について判断するまでもなく、主位的請求は理由がないことになる。

(予備的請求について)

一請求原因1及び2の各事実は、当事者間に争いがない。

二請求原因3の事実のうち、原告がプラン図面を五回にわたって合計二六枚作成したこと、原告、被告間の打ち合わせが七回なされたことは、いずれも当事者間に争いがない。

ところで、原告は、右原告の遂行した業務に対する報酬は、図面一枚当たり金五万円として合計金一三〇万円、技術料として金一七〇万円であると主張するが、これを認めるに足りる証拠がない。

そして、〈証拠略〉によれば、原告の遂行した業務は、いわゆるプラン図を作成しただけに過ぎず、その殆どは、昭和六三年一〇月一九日の契約締結に至る前になされたものであり、本件請負契約に基づいて原告が今後なすべきであった基本設計、実施設計、建築確認申請、工事監理と続く本件請負契約に基づく業務の全体から見れば、精々五パーセント以内の出来高でしかなかったことが認められる。

よって、原告の遂行した業務に対する報酬は、次のとおり、金四五万円と認めるのが相当である。

900万円×0.05=45万円

(報酬総額) (遂行割合) (原告の遂行した業務)

なお、被告は、プラン図作成に要した費用は、外注の場合を除いて報酬請求の対象とはならないというべきであり、仮になるとしても、それは作成されたプラン図が役に立った場合であると主張するが、注文者の任意解除の必要性を認めると同時に注文者に請負人がそれまでにした業務の報酬はこれを支払うべきものとして両者のバランスをとった本件請負契約第一一条の趣旨に鑑み、報酬の対象となる業務を被告主張のように限定すべき理由はない。

さらに、被告は、原告の遂行した業務に対する報酬をみるとしても、プラン図一組金二万円、打ち合わせ一回金五〇〇〇円、合計金一三万五〇〇〇円を上まわらないものであると主張するが、このように明確ではっきりした業務報酬算定基準があることを認めるに足りる証拠はない(この点に関する被告本人の供述部分をにわかに措信するわけにはいかず、証人吉川学も、そこまではっきりとした算定基準があると供述しているわけではない)。

三最後に、債務不履行による解除の抗弁について判断する。

1  抗弁2(一)の事実は、当事者間に争いがない。

2  抗弁2(二)(1)の事実は、〈証拠略〉によって、これを認めることができる。

3  抗弁2(二)(2)の事実について

被告本人は、右主張に沿う供述をするが、この点に関する被告本人の供述部分は、原告本人尋問の結果に照らしてにわかに措信し難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

4  そうすると、右2に認定した抗弁2(二)1の事実を十分考慮しても、本件請負契約において約定された昭和六三年一一月末日の設計業務期間の満了日まで一か月を残した同年一〇月末日の段階では、原告が被告の意に沿う設計をすることが不可能になった、もしくは原告、被告間の信頼関係が破壊された、とまでは到底認めるに足らず、催告なしでなされた、債務不履行を理由としての解除が無効であることは明らかである。

よって、債務不履行による解除の抗弁は理由がない。

(結論)

以上の事実によれば、原告の主位的請求は理由がないからこれを棄却し、予備的請求は、金四五万円及びこれに対する予備的請求を記載した準備書面が被告代理人に交付された翌日である平成二年七月二〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからその限りでこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条・九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官増山宏)

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